米国へ移住して40年、米国特許弁護士として働いてから約35年になるが、日本の特許関係者から良く聞かれる質問は、「日本人がアメリカで働いて一番大変な事は何ですか?やはり英語ですか?」という質問である。英語も特許技術の理解も大変であるが私の場合その答は「米国人特許弁護士達の嫉妬である」が正しい答であろう。何故他の米国特許弁護士達が私を嫉妬するのであろうか。それを知るためには米国特許訴訟のあり方、立証の仕方を理解しなければならない。米国特許訴訟は米国特許弁護士によってコントロールされるが訴訟弁護士達は問題の特許技術の専門家ではないのが殆どである。そこで訴訟ではその特許技術の専門家に特許技術の素晴らしさを証言させ、そして反対側陣営は自分達の専門家に特許の問題点を証言させて争い、陪審員や裁判官はいずれの側の専門家証人の信憑性がより強いかで評決や判決を下すのである。その間、訴訟弁護士は専門家証人に色々尋問して自分の側に有利な証言を引き出すことが主な業務で、訴訟弁護士自身が証言するわけではない。米国特許訴訟は勿論米国特許の解釈、有効性、侵害が問題になるが、その米国特許は日本や欧州にも出願されるために日欧特許庁でどのような議論がされたかが米国裁判でも役に立つことが良くあるのである。それほど特許問題は国際化していると言える。そうすると米国特許プラクティスと日本特許プラクティスの両方に精通している専門家証人が必要になることになる。私は長い間日米で働いているのでそのような日米特許専門家証人として依頼される事件が結構あり、これまで40数件位行って来た。その場合、法廷で日米特許問題の専門家である事を裁判官、陪審員に納得させなければならないが、私の場合は経産省/日本特許庁で17年間働き(つまり、日本特許プラクティスの専門家)、その後1984年から米国法律事務所に就職し、働きながら夜学のロースクールを卒業してジュリス・ドクターの称号を得て、以来、30年以上米国特許弁護士として働いて来たので日米特許プラクティスの専門家であることは明白である。私以前には誰がそのような専門家証人として法廷で証言していたのであろうか。それは日本特許問題に精通していると考えられていたほんの僅かの米国人特許弁護士である。しかし、彼らは日本特許問題を英語の米国資料に基づいて勉強していただけであり、日本語は出来ず、日本弁理士の資格はないので日本で代理人になることは出来ず、その知識はたかが知れていると言える。つまり、私が30年前から米国特許市場に出てからは彼らの仕事は一掃されてしまったのである。よって彼らの私に対する嫉妬は凄まじいものがある。その一例が20年ほど前にバージニア州の司法協会(バー・アソシエーション)に一通の英語の抗議文が届けられた事件である。差出人は「Sakamoto何某」という日本人名であるが本当に日本人であるか、疑わしく、英文を読むと実際は米国弁護士だろうと考えられた。その内容は、「ケン・ハットリは経歴詐称している。日本では特許庁のみで働いていたはずだが経産省本省でも働いていたと偽っている。日本弁理士(ジャパニーズ・パテント・バー取得)でしかなかったはずだが、日本弁護士(ジャパニーズ・バー取得)であると偽っている。直ちに訴追せよ」というレターであった。バージニア司法協会は私に対して直ちに訴訟を提起せずに、まずそのレターを私に送り、どう反論するかを聞いてきた。私はそのレターを受け取ると、とにかく驚愕したが、同時にこいつは本当の事を何も知らないな、と直感した。何故なら、私は1972年~1976年の間、本当に経産省本省に出向して働いて、田中総理、中曽根大臣の下で石油危機による狂乱物価対策を行い、首相官邸にも行ったりした。但し、私の出向は経産省/特許庁初めてのお試しのもので辞令は出ていなかった。つまり、形式的には特許庁審査官のまま本省で働いていたわけであり、外部からみると出向した形にはなっていなかった。日本弁護士の方は、私はバージニア司法協会に「ジャパニーズ・パテント・バー(日本弁理士)」の資格があると届けていたが、協会が「パテント」を落として「ジャパニーズ・バー(日本弁護士)」とミスプリントをしてしまっていたのだ。これは協会のミスである。経産省本省で働いていた事は、当時日本大使館で働いていた経産省の仲間がいたので証明書を書いてもらい、ジャパニーズ・バーは司法協会のミスプリントである事を指摘した結果、司法協会は納得して本件は一件落着で無事終了した。こういう事件は他にもあったが、それらを記載するスペースはここにはない。とにかく、米国で働く事は英語の問題は基本的な問題であり、有名になるほど本質的問題が生じるものである。そしてそれらの問題を乗り越えて初めて米国で本当に働く地位が築けるという事を認識すべきである。服部健一 氏米国特許弁護士1966年3月 武蔵工業大学 機械工学科卒業都市 vol.12| 4米国で働くための壁活躍する卒業生
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